【うつ病を克服】人生を変える哲学を初心者にもわかりやすく解説

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哲学とは?

hatena

哲学とは、この世の真理を追究する学問である。

人とは何か?神とは何か?心とは何か?国とは何か?生きるとは何か?

私たちの存在そのものを考える哲学は、はるか昔から存在していた。

私って存在しているのか?

哲学はそんな超根本的な部分に、問いかけるわけだ。

もし、私が存在する確固たる証拠がなければ??

世の中に悩みなんてものは、存在しようがないではないか。

哲学の始まりと種類

difference

西洋では、紀元前から哲学についての議論が繰り返されている。

あーでもない、こーでもないと意見をぶつけ合って発展させてきたわけだ。

すると、色々な哲学が発展していく。

万物に共通の真理、存在の真理、神の真理、国の真理、、、etc

同様に、東洋でも紀元前から哲学が考えられてきた。

しかし、西洋とはちょっと違う。

東洋では存在の真理に特化して哲学が伝承されている。

BABI

色々な心理を追究していった方が、生活水準が高くなるのだろう。

特に、国の真理を発展させれば国力が上がる。経済の真理を発展させれば金が儲かる。産業革命で、西洋と東洋では致命的な差が出てしまった。

だが、それが幸せかというと、また別の話である。

東洋は存在の真理のみを考え、そしてはるか昔の紀元前に真理に到達している。

その真理を現在まで伝承してきたわけだ。発展ではない。真理とは変わらないのだから。そう考えると、時代を追うごとに変化する西洋の真理には疑問も沸いてくる。

ともかく、西洋と東洋では追究した真理に違いがあり、スタートが真逆なのである。

存在の真理

Nerve-transmission

今回説明したいのは存在の真理だ。

なぜかというと、これはうつ病の改善を見込めるからだ。

いま流行りの認知行動療法、マインドフルネス。あの辺りは、かなり存在の真理と似ている。

そもそも、なんでこんなことを調べるようになったのか?

それは、自分がうつ病をやったからだ。

当時は毎日が辛く、吐き気もあり、体重もどんどん減っていく日々。

そういう時って本当に視野が狭くなっていて、思い込んだら止まれない。

原因は仕事だったんだけど、いま思えば仕事なんてバックレちゃえばよかった。

自分の命を削ってまでやる事ではない。

しかし、動かない体を無理やり起こして、吐き気を抑えながら仕事の準備をして出勤。

当然、食事はのどを通らず、力は出ない。よく眠れていないからミスも多い。

さらに、夜は睡眠薬を飲んでも眠れない。まさに悪循環。

『通勤中に事故起こせば、出勤しなくてもいいかも』

マジでこんなこと考えてた。

でも次の日は、また動かない体にムチ打って仕事に行く、、

過去に2回ほど、上記のような経験をした。

BABI

しかし、存在の真理を理解し体験すれば、症状の重さや期間を軽減させることはできる。

1つ断っておくが、宗教の勧誘ではない。

哲学の話は宗教と切り離すことはできない。だが、宗教に勧誘したいわけではなく、考え方をみにつけてほしい。これを読み終わるころには価値観が変わっているはずだ。

存在の真理を歴史から解説

Buddha

存在の真理を端的に説明するなら『仏教』だ。

だが、日本での仏教ってどうだ?葬式とか、仏壇とか、お墓とか、、死にまつわるものばかり。なんだか嫌なイメージが多いのではないだろうか?

いわゆる葬式仏教というやつだ。

しかし、これって本来の仏教の姿ではない。

本来の仏教は『生きるのは辛い、だから楽に生きる方法を教えよう』である。

BABI

なぜ、日本の仏教は葬式仏教になってしまったのか?

そのあたりまでキッチリ説明していこう。

最初に頭に入れておいてほしいのは、『存在の真理=仏教』という点だ。

(100%正確な表現ではないが、理解しやすくするためにはこれでOK。こういうのを『嘘』だという人もいるんだが、これは『方便』である。手段は何でもいいのだ。理解さえしてもらえれば。)

ヤージュニャヴァルキヤ

Buddhism

それでは歴史を遡って『存在の真理=仏教』をみてみよう。

まず、紀元前700年ごろに東洋でヤージュニャヴァルキヤが『アートマン』という事を言い出す。

アートマン、、、いきなり意味不明w

なので、かなり個人的にかみ砕いて説明する。『アートマン=自分』でOKだ。

ヤージュニャヴァルキヤはこう言った。

『~ではない。~ではない。としか言えない。』

私の職業は薬剤師だ。だから『私は薬剤師だ』と言える。

私の性別は男だ。だから『私は男だ。』と言える。

まぁ、これが普通だよね。

でも、ヤージュニャヴァルキヤ的に言えば『私は薬剤師ではない』『私は男ではない』となる。

なぜ?

『アートマン=自分』とは認識するものなので、認識されることはないからだ。

BABI

自分が認識する。これはいいだろう。そのままだ。

私がブログを書いているときは、目の前にパソコンがある。だから、パソコンを認識している。つまり、パソコンはそこに存在している。

じゃ、『アートマン=自分が認識されることはない』ってどゆこと?

これは無限後退というやつ。

私が認識されるためには、私を認識する誰かが必要。仮にAとする。

つまり、Aが私を認識すれば私は存在する。でも、そのためには、、、Aの存在を確定させなければならない。

じゃ、Aを認識するBがいればいい!でも、そのためには、、、Bの存在を確定させなければならない。

じゃ、Bを認識するCがいればいい!でも、そのためには、、、以下エンドレス。

だから、この無限後退があるかぎり、私を認識する事は不可能なのだ。

そうなると『私は薬剤師だ』『私は男だ。』といった認識対象にはなれない。

この理論から言えるのは『私は薬剤師ではない』『私は男ではない』という否定的な捉え方しかできないということだ。

さぁ、これがうつ病にどう役に立つか?

『私はうつ病ではない』

『私は辛くない』

お? 素晴らしい発想転換が出来るではないか。

いまから2700年も前の哲学だが、現在にも十分通用する真理である。

だが、大きな欠点が1つあった。それは釈迦の説明で記述する。

ヘラクレイトス、パルメニデス、デモクリトス

Buddhism

東のヤージュニャヴァルキヤから200年後、西ではヘラクレイトス、パルメニデス、デモクリトスが存在の真理を追究していた。

ヘラクレイトスは存在は流転と言っている。万物は流れるように変化しているということだ。もっともな考えである。

ヘラクレイトス
雨は空から降ってきて、地面に吸収され、植物に吸収される。植物からは実ができ、動物が食べれば血や肉になる。川に流れた水は海まで流れ、気化して雲になる。そしてまた雨になって、、

このように存在は色々と変化するよっていう考えだ。

一方、パルメデニスは存在は不変だと反論した。

パルメデニス
『土は土でしょ。土が水に変化するなんて事はないよ。石は石でしょ。細かくなれば砂だって?名前は変わるけど、構成してる物質は変わらないじゃん。細かな石ってことでしょ?』

このように存在は不変だよって考えだ。

どちらの意見も的を得ている。それらをまとめて解決したのがデモクリトスの原子論だ。

紀元前の話だから、非現実的な事を言いそうだが、実は現在の原子と全く同じ考え方だ。

原子という単位は不変だが、それが組み合わさる事で様々なものに変化する。

お、不変と変化が一緒に説明できたではないか。

BABI

(厳密には原子は陽子、電子、中性子に分割できるけどねw)

恐ろしいのは、2500年も前に原子という考えに到達している点だ。スゲーや古代人。

だが、西洋ではこの後、国、宗教、経済などの哲学を発展させるので、存在の哲学は一時停止となる。

釈迦

Buddhism

一方、同時期に東洋では釈迦が仏教を確立させる。

先ほど説明したヤージュニャヴァルキヤの『アートマン=自分』。これは素晴らしい真理なのだが、それでも現状はかわらないという矛盾が生じる。

『私はうつ病ではない』

『私は辛くない』

こんな声が聞こえてきそう、、

トス屋
理屈はわかったんだけど、明日の仕事の事を考えるとやっぱり辛いんだよね。不安になるし、食欲もない。夜も眠れない。何も変わらないじゃないか。

その通りである。

そこで釈迦は、この矛盾の解決方法を教える事にしたのだ。『こうすれば、ヤージュニャヴァルキヤの言ってることがわかるよ』といったように。これが仏教の始まりである。

ただ、釈迦は1つだけ訂正を加えた。

ヤージュニャヴァルキヤは『アートマン=自分』という考えを庶民に普及させてしまった。本人はそんなつもりはなかったかもしれない。庶民が勝手に解釈してしまったのかも。

だから、釈迦は『アートマン=自分』も否定した。つまり『無我』だ。

アートマンなどという言葉を作ったのがいけない。それでは『私はアートマン』という認識が発生してしまう。『~ではない』『~ではない』としか言えないのに。

BABI

言葉で表して、相手に理解してもらうのは比較的容易だ。

トス屋
つまり、何もないってことでしょ?辛いことがあっても、それは自分が勝手にそう感じているだけ。だって、自分がなければ(無我)、辛いって感じようがないもんね。

そう、その通り!

だが、現実には辛いと感じてしまう。

これは本来ない事を、自分と同化させてしまうために発生している。

この矛盾をクリアする事が、仏教でいう『悟り』なのだ。

つまり、悟りとは体験をもって初めてわかるものである。

見聞きしただけじゃ、わかった事(悟り)にはならないのである。

同時期に中国には、老子という哲学者がいた。

彼は『道(たお)』という言葉で、存在の真理を表現した。

道とは何の区別もない、1つの世界を表した言葉だ。

老子
『うつ病の私』『辛い私』そんなものはない。それはお前が勝手に区切っただけだ。ようは思い込んだだけだ。だってそんな区別はないんだから。

これは仏教の考えにそっくりである。

龍樹

Buddhism

龍樹は『空』の理論を持っていた。

これは釈迦の『縁起』の影響を強く受けていると考えられる。

縁起とは、様々な事象は様々な要因から発生しているんだから、自分で成し得たことなんてないんだよってことだ。

そうすると、龍樹が空(なんもねー)という考えにたどり着いたのにも納得できる。

もう少し後にできる般若心経も『空』の理論を表したものだ。

日本では『お経=怖い』といったイメージがあるが、本来の意味は全く違う。

般若心経では『なんもねー』と言い続けている。そして最後に『呪文を唱えて彼岸に行け』というのだ。

『空』を理解してこの世には何の区切りもないんだとわかっても、一番最後に『私は空を理解した人です』という区切りだけは残る。

悟りとはそれすら区切らず、全部を一緒にした境地なのである。

そんな時にあれやこれや説明しても無駄。だから呪文をエイッ!っと唱えて悟りの世界に行って来いよって意味。

このあたりで仏教はマジになってるねw

これほどまでに『何にもねーんだよ!』と、人々に教えているのだから。

悟りとはいったい何だ?

彼岸、死後の世界、死んだら仏、境界がない、区切りがない、何にもない、全部一緒、無我、、、『悟り』に関係のありそうな言葉はこんなところか。

実際に体験しないとわからないという点がネックである。

でも、あえてこれらの言葉から悟りを具体的に定義してみると、、

悟りは無意識状態を認識する事だと言える。

(定義しちゃダメなんだけどねw それって認識してることになるから。)

あくまで私の解釈だが無意識状態を認識=夢心地状態だと考えている。

この見解は、後述する瞑想について読んでもらえると理解できるはずだ。

日本の仏教

Buddhism

日本の仏教は500年頃から始まった。

聖徳太子が十七条憲法に仏教を取り入れたことで、日本における仏教が広まったと考えられている。

その後、最澄と空海による2大仏教が出来上がる。だが、日本の貴族には仏教の呪術的なところばかりがウケてしまった。

しかし、それじゃダメでしょ!って事で法然、親鸞、栄西、道元などが本来の仏教の再興を始めるわけだ。

しかし、その中には物騒なものもあり、一揆をおこすこともあった。

BABI

徳川幕府が開かれると、幕府は仏教を国教として国民は檀家になるように制度を整えた。

これにより、仏教から一揆が起こる事はなくなった。そして、海外から余計な宗教が入ってくることもなくなった。しかし、同時に仏教の普及活動もなくなった。日本人全員が仏教徒なんだから普及させる必要がない。

それは、仏教の腐敗を意味していた。競争相手がおらず、安定していたら向上心を維持できるわけがない。ただただ、儀礼だけをこなしていけば、お金が手にはいるのだから。

そして、死=怖いものという認識から、お墓、お経、仏壇、お寺などと恐怖が結びつき、日本の仏教は哲学とは程遠い葬式仏教に成り下がった。

仏教とは本来、死、病気などの苦しみから人々を解放するために作られたの教えなのに皮肉な話である。

以上、2700年前から始まった存在の真理の歴史だ。

西洋では、1800年にソシュールが記号論という考えを打ち出す。これはモノや事象っていうのは、名前を付けて区別してるから存在するんだよっていうものだ。

ちょっとだけ、東洋に追いついた感じだ。

その後、1900年にサルトルが現れる。彼によって西洋での存在の真理は、2700年前のヤージュニャヴァルキヤと同じ結論に達するのであった。

道元

meditation

日本の仏教では道元だけを説明しておく。

なぜなら、道元の考えが一番悟りを体験しやすいからだ。

『無我』になるためには思考を停止しなければならない。

その為、仏教は色々な宗派に分かれていった。しかし、手段はどうあれ目的は全て一緒である。どの宗派も信者を悟りに導きたいのだ。

道元が悟りを体験するために必要としたのが『禅』だ。

『只管打坐』、、つまり、ただ座るだけ。

とにかく、座る。ずっと座る。

公案という名のトンチ(一休さんの宗派)、南無阿弥陀仏と唱え続けたり、変な禁止事項をたくさん作ったり、、他の仏教と比べると『座る』だけなので比較的制限なく実施できる。

禅の科学的根拠

point

今までは哲学の側面から悟りについて書いてきたが、ここからは科学の話になる。

座る、、、瞑想、、、そう、現代で言うならマインドフルネスなのだ。

マインドフルネスをやると脳の灰白質が増えることが証明されている。精神疾患の患者は灰白質が減っているという事実を考えると、マインドフルネスがいかに直接的に有効なのかがよくわかる。

よくよく考えれば、釈迦だって菩提樹の下で座っているときに悟りを開いたのだ。

ただ座るという行為は、悟るには最適なのだ。

Nerve-transmission

さて、瞑想している人の脳波を調べるとθ波(シータ)といわれる脳波が記録される。

実はこの脳波、瞑想以外でも出るときがある。勘のいい人ならもうわかるはずだ。

夢を見ている時だ。

悟りってのは無意識状態を認識=夢心地状態だろうという私の見解の根拠はここからきている。

瞑想をして、思念がなくなってきて、なんだか夢心地のような感じになる、でも寝ているわけではない、、ここが悟りの境地なんだろう。

まるで此岸(現実)と彼岸(あの世)の境界を漂うような、、眠ったら彼岸になってしまう、だが覚醒しすぎれば思念が沸いてきて此岸になってしまう。

これで、哲学を科学的に説明づけることができた。

私は悟っているかも、、?

Interaction

悟りとは何の区切りもなく、すべて一緒のごちゃまぜ状態。傷つく心なんてない。辛い心なんてない。

そんなのは自分が勝手に『私の辛い心』と名前を付けて、それが自分だと思い込んでいるだけだ。

このように、言葉では理解する事はできる。だが、そのような体験がないと真に理解したと言えないのが『悟り』なのだ。

私が力説できているのには理由がある。実は悟っているかもしれない。私は精神的に辛くなった時、よく瞑想をする。

もちろん最初は思念が沸いてくるのだが、『そういうものか』と受容し続ける。客観的に見続ける。まるで、思念は目の前のテレビに放映されてる映像かのように。

これは、思念(区切り)を自己と切り離す作業だ。

私は思念が放送されているテレビを観てるだけ。つまり、観客だ。つらいと感じる自分は、勝手に映像と自分を結びつけただけで、実はテレビ放映されているだけだったのだ!という感じ。

20分も瞑想を続けていると、だんだんと皮膚の境界がぼやっとした感じになる。手を組んでいるのにその感覚がなくなる、、そして次の瞬間ハッとなる。

この数分間が『無我』つまり『悟り』なんだと思う。この間、不安や苦しみはないし、喜びとかもない。本当に何にもない。

BABI

ハッとした後は理解する。『何もないんだな』って。

ただ、普段の生活をしているあいだ、ずっと悟りを保つのは不可能。

五感からは色々な刺激が入ってくるから、本来はないものをまた自己と同化してしまう。

そんな時は瞑想して『悟り』を体験する。

人間ってのはこれを繰り返してこそ、安定を保てるんだと感じている。

実は瞑想にこだわらなくてもいい。

それこそ、ピアノとかでもいいと思う。

piano

ピアニストは仕事だから色々考えちゃうだろうけど、、、私のように独学でピアノをただ弾いている人間にとっては、無我を得やすい。

楽譜もちゃんとは読めないので、手が勝手に動くようになるまで1曲を練習する。

するとどうだろう、、ピアノを弾いているときは手を動かそうとしていないのに、勝手に動いている。

瞑想ではなくても、何かに集中することで、意識せずに体が勝手に動くようになれば、それは悟りと言っていい気がする。

これは老子でいうところの『無為自然』というやつである。

トス屋
悟りを開いたらどうなるの?
老子
そりゃ、勝手に物事が進んでいくだけだよ

手段はなんだっていいんだ。悟りさえ開ければ。

まとめ

Summary

さて、こんな感じで哲学的観点からうつ病を改善しようと説明してみた。

しかし、説明しても体験しないとわからないという事を理解してもらえたはずだ。

だから、辛い時はとにかく座ってみよう。

毎日30分でいいから座ってみよう。

そうすれば悟りを体験できるかもしれない。

仏教がよくわからん事ばかり言っているのは、そこに理由があったのだ。

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